箱がないと学べないことの無能さ。

留学しないと、あるいは、語学学校に通わないと、語学が身に付かない。

研修を受けないと仕事ができない。

というのは、非常に受け身な発想だなと最近思う。

「教えてもらってないんでわからないっすよ!」と主張したところで、「じゃあ自分で勉強すれば?」という話になるわけで。

もちろん、何のチュートリアルもなく、実践の場に送り込むのは無理があるが、だからといって研修等(=箱)を用意する必要があるわけでもない。

イントロの部分を教えてもらったら、後は自力で補強しながら突っ走る。

要は、社会人って独学力がモノをいう世界だなと思うわけです。

教わってないのでわかりません、ではなく、

これで進めますけどOKですよね?

くらいの気概で。

仕組みがあると、その中での立ち振舞いを学んでしまう。

その前に、体当たりで諸々経験してから、仕組みに会わせる形で自分の経験を体系化していく。

つまり、実践→理論化、ということか。

この方が、「成長」は早いのではなかろうか。

WordPress for BlackBerry から投稿

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中